ありがとう生体院
東京・大田区鵜の木にある、個室・整体院。痛みやこりの根本原因にアプローチし、一時的でない改善、本質的な健康を目指す整体をしています。 ご予約
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こんにちは。整体師の本田温志です。
プロフィール
本田温志(ほんだあつし)、1972年生まれ、長崎県出身。映画『パッチ・アダムス』に感動し、人の心と身体を癒す仕事を目指す。オリンピック選手の数々の怪我を治した著名な治療家に師事し、長崎-東京を2年間通いつめる。資格取得後、地元・島原で開業。その後も様々な治療家の勉強会に通い続ける。たくさんの人に笑顔と元気を届けたいと思い上京。 2003年4月29日、「ありがとう生体院」オープン。
略歴
1990年(18歳)
父が脳梗塞で倒れ、母が家族を養うため小料理屋を始める。大学へは行かず、手に職をつける道を選ぶ。人の健康に関わる仕事に就きたいと将来の目標が見え始める。
1991年(19歳)
高校卒業後、広島大学歯学部附属歯科技工士学校に入学。学校を選んだ理由は学費がいちばん安かったから(親に負担をかけないため)。 学費と生活費を稼ぐためガソリンスタンドでアルバイト。
1993年(21歳)
歯科技工士学校卒業後、広島の歯科医に就職。独りきりで技工室にこもって作業する仕事が性格に合わず、退職。
1994年(22歳)
地元の恩人の紹介で、サーターアンダーギー(沖縄ドーナツ)の実演販売を始める。日本全国を売り歩き、社内で売り上げ1に。接客業の楽しさを知る。
1998年(26歳)
映画『パッチ・アダムス』で、“笑い”を治療に取り入れ人々の心身を温かく癒す医師の姿に感動し、人の心と体を癒す仕事を目指す。オリンピック選手の数々の怪我を治した著名な治療家に師事し、長崎-東京を2年間通いつめる。
2000年(28歳)
資格取得後、地元・島原で開業。その後も、本当に治す技術と温かい人柄を持った治療家を見つけては、大阪、東京など全国の勉強会に通い続ける。
2001年(29歳)
結婚後、たくさんの人に笑顔と元気を届けたいと思い上京。東京田園調布の治療院で働き始める。表参道のアロマテラピーサロンで施術講師を務める。仕事は充実。子どもも生まれて幸せいっぱい。
2001年(29歳)
愛娘が酷いアトピーになる。治療法を探る中で、すべての存在が持っている “生体エネルギー”(=生きる原動力)の学問に出会う。生体エネルギーを使いこなすことで、どんなに大変な状態の人でも健康に向かわせることができるという可能性を知る。これにより娘のアトピー完治。
2002年(30歳)
自宅にぜひ来て欲しいというお客様が増え、出張施術を開始。生体エネルギーセラピスト講座に入学。生体エネルギーの可能性を施術に生かし、今まで治らないとあきらめていた人たちでも、よくなる希望がもてる技術を身につけるため、毎月長野の勉強会に通う。
2003年(31歳)
4月29日、大田区・鵜の木に「ありがとう生体院」オープン。
メッセージ
大きな治療院にいた頃は、1日15〜20人ペースで施術していました。お客様ときちんと向かい合う余裕もなく人数をこなしていくスタイルは、本当に自分が目指す施術とは違うと感じていました。
もっと、ひとりひとりと深く関わっていきたい。共感して下さる方を大切にしていきたい。そんな思いで「ありがとう生体院」をオープンしました。
ここでは、今までの施術にはなかった、根本的に「治る」という施術を目指しています。根本的に治るとは、痛みがなくなることだけを指すのではありません。痛みの原因を探る中で、見過ごしていた問題や知らなかった自分に気づくことも、大切な要素だと思っています。ひとつずつ乗り越えていくことで、本来のあなた自身の魅力が蘇る。それが、心身ともに本当に健康な状態であると考えています。
あなたが不快に思っているところ、原因となっている問題、本当に求めているものに、きちんと応えられる施術師を目指しています。たくさんの中のあなたではなく、あなたひとりを大切にしたい。ありがとう生体院は、あなたが本当の自分自身で幸せに生きられるよう心から応援しています。


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